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市報松江 2006.3
人権特集
「人を大切にするまち松江市」
みんなが住みよいまちにしていきましょう

 松江市では「日本一 住みやすいまち」をめざして、幼稚園や学校、地域の様々な団体が、「人を大切にする」取り組みをしています。
 日常生活を「人権」という視点から眺めてみると、同和問題をはじめ女性や障害者への差別、子どもへの虐待、配偶者からの暴力、高齢者問題、病気による差別や外国人に対する偏見、あるいはインターネットを悪用した人権侵害など様々な問題があります。
 こうした問題を解決して、それぞれの個性や違いを大切にし、すべての人の人権が尊重される社会を築いていかなければなりません。
 ここでは、平成17年度全国中学生人権作文コンテスト島根県大会で最優秀賞に輝いた作品と、松江市の幼稚園と地域人権・同和教育推進協議会の取り組みを紹介します。
<問い合わせ> 教育委員会人権同和教育課 TEL 55−5426

偏見のない社会を
松江市立湖東中学校三年 須山理絵  私は最近、ある言葉に、とても敏感になりました。それは、「害児」という言葉です。
 たとえば、ある人がおかしなことをして笑わせたりすると、見ていた人が、
「おまえ害児みたい」
などというのです。私は最初、この「害児」という言葉の意味が理解できませんでした。でも、そのうち、「害児」という言葉は、「障害児」つまり「障害をもった子供」という意味だと分かりました。私はその時、頭をガツンとなぐられたようなショックを受けました。それと同時に、なぜ、障害をもっている人達のことを害児と呼んだりするのかと、とても憤りを感じました。
 私の兄には、自閉症という障害があります。私は生まれてからずっと、この兄と一緒に暮らしてきましたが、ただの一度も兄から「害」を受けたことなんてありません。そんなふうに考えたことすらありませんでした。なぜなら、兄はすごくおもしろいし、気に入った言葉を何回も繰り返し言ったりして、毎日をとても楽しそうに過ごしているからです。兄と一緒にいると、こちらも楽しくなってきます。
 けれども、この何回も同じ言葉を繰り返し言ったりすることや、ぴょんぴょんはねたり、何か聞いてもオウム返ししてしまう兄の行動は、自閉症を知らない人から見れば、おかしな行動だと思われてしまいます。他の障害をもっている人も、目が見えないとか、うまく歩けないといった体の特徴が、冷やかしの対象となり、偏見の目で見られてしまうのです。
 「障害者」という言葉自体にも問題があるのかもしれません。でも、その言葉をおもしろおかしく安易に使うことは、障害をもつ人に対して失礼なことだと思います。
 私は兄から多くのことを学んだように思います。もし兄が障害をもっていなかったら、私もこの、害児という言葉を使っていたかもしれません。「みんなも使っているし。」とたいして気にもとめず、平気で使っていたかもしれないのです。でも、私は兄のおかげで、兄だけでなく、他の障害がある人のことも、考えられるようになりました。どんな人でも、その人のことを考え、理解しようとして接すれば、誰でもきっとわかりあえると思うし、友達になれると思います。
 ごく最近まで、「はくち」や「めくら」といった差別語が公然と使われ、障害者本人もその家族も、かたみの狭い思いをしていた時代がありました。今ではバリアフリーという言葉があちこちで聞かれ、そうした差別語をなくそうとするうごきが広まっています。けれども、本当に障害をもつ人を差別する気持がなくなったといえるのでしょうか。弱い立場におかれた人に、やさしい社会ができているようで、実際は少しも差別や偏見は、なくなってはいないと思います。だから今、「害児」などという新たな差別語が生まれたりするのだと思います。このままでは、以前となにも変わらず、とてもさびしい、みんなが生きづらい社会になっていくと思います。世の中は、障害をもつ人、もたない人、その他様々な立場の人によって成り立っています。障害があることは、特別なことではないのです。それも一つの個性だと考えるべきだと思います。一人ひとりの違いを認め合い、理解しあうことで、より暮らしやすい社会になるのではないでしょうか。
 差別や偏見によって、障害のある人や、その家族がどんなに深く傷つき、苦しんでいることでしょう。今、日常生活にあふれている差別をなくすには、障害がある人や、その家族が訴えるだけではなく、私達一人ひとりが、差別しないよう、心がけることが必要です。
 私自身、これから何ができるのかわかりませんが、いつも今の気持を持ち続けながら、偏見のない社会になるように、努力していきたいと思います。

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