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市報松江 2006.8
みんなの文化財
でんいずしゅつどうたくわた銅鐸)
松江市宍道町

伝出雲出土銅鐸(木幡家銅鐸)復元想定図
伝出雲出土銅鐸
(木幡家銅鐸)
復元想定図
 この銅鐸は、ちゅう(吊り手の部分)の上半分が失われていますが、現状で高さ22.3cm、下辺の長径が13.5cmと銅鐸としては比較的小さい部類で、弥生時代の中頃(約2000年〜2200年前頃)に製作されたのではないかと考えられています。
 この銅鐸の身の片面には、三段の横帯おうたい(横方向の帯状の文様)に挟まれた上下の区画に注目すべき文様が出されています。
 上段には切れ長の目と眉、目の下に連続する鼻が描かれていて、怪しげな雰囲気を漂わせています。このような文様は「邪視じゃし文」あるいは「辟邪へきじゃ文」とも呼ばれ、邪悪なものを追い払う意味があるともいわれています。
 下段には首が長くてくちばしの長い鳥(サギだと考えられます)が描かれています。
 これらの特徴をもつ銅鐸は「福田型銅鐸」と呼ばれていて、この種の鋳型が九州で出土したことから、九州で製作されたと考えられます。
伝出雲出土銅鐸(木幡家銅鐸)と吉野ヶ里銅鐸(右)
伝出雲出土銅鐸(木幡家銅鐸)と吉野ヶ里銅鐸(右)
 平成12(2000)年に佐賀県立博物館の特別展で、この銅鐸と佐賀県吉野ヶ里遺跡出土の銅鐸が同時に展示され、詳しい比較検討の結果、両銅鐸は同じ鋳型で作られた「兄弟」銅鐸であることが明らかになり注目されています。
 なお、この銅鐸は島根県指定文化財となっていて、現在、宍道蒐古館しゅうこかんで見ることができます。

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