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市報松江 2010.12
松江の皆さん こんにちは
昭和14年熊本市生まれ。出水小入学。乃木小、鳥取、神戸を経て水戸小卒業。中学は水戸を経て青森で卒業。松江高校に入学後鳥取に転校。38年、東洋大学卒業後東京ヒルトンホテルに入社。54年、長男難病のため一念発起して独立、カレーハウス経営。現在に至る。
 まずは戦時中の思い出から。父が出征中のため、福富にある父の実家と、西津田にある母の生家を往復する暮らしをしていました。
 祖父と一緒に山に登ると、竹やぶの先に大きな杉の木があり、その下を流れる水のほとりに白ユリが群生しており、その香りと美しさは今でもはっきり覚えています。
 そんな夏の暑い朝、二人で草むらに座って空を見上げると2機の飛行機。数日後、大人たちの会話で広島に「がいな爆弾」が落とされたことを知ります。それが原爆であることを知ったのは随分後になってからのことでした。
 そして終戦。ラジオを聴いて泣き出す祖父母。やがて父が帰り、祖父母の顔にやっと笑顔が戻りました。
 次に松高時代の思い出から。34ルームの時に出会った岸本吉功君の名前が松竹映画館の大看板に。「制作岸本吉功」。宍道湖面が真っ赤に染まるころ、ボートで彼と一緒に眺めた空と湖面の風景が今でも思い出されます。
 彼こそが「ガンダム」の生みの親。その原点はここ松江なんです。激務のため40歳そこそこで他界した岸本君。できればガンダムの実物大模型を立ててやりたい。そんな思いにかられます。
 そして、現在。今年10月16日早朝、夜行バスで松江に帰った時、母の生家の屋号「桧木山」と同じ、桧山トンネルを通ると、安堵がうれしさに変わっていきました。
 翌17日は母の五十回忌、父の二十三回忌、継母の一周忌。これまで支えてもらった両親、継母への思いは、「おふくろさん」の冒頭に加えられたセリフに尽きます。「いつも心配かけてばかり、いけない息子の僕でした。今はできないことだけど、叱ってほしい、もう一度」
 今度、松江に帰ったとき、「どげしちょうかい」と声をかけてください。
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