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市報松江 2012.8
コラム 神国の首都

 人はさかのぼって、いつごろまでのことを覚えているものなのでしょうか。 小学低学年のころか、はたまた入学前か。 さすがに2歳のころのことは覚えていないでしょう。
 松江に生まれ、わずか2歳で東京へ。その後、松江に帰り住むことはなかったのにもかかわらず、松江出身をもって任じ、お遣い物に松江のお菓子とお茶を持参。 「自分の葬儀のお香典返しにも出来れば松江のお菓子を使って欲しい」 と家人に言い残すほど松江びいきの人物がいました。
 インド哲学、仏教学の権威として世界的に知られ、松江市名誉市民の故 中村元 なかむらはじめ 博士 (1912〜99年) が、その人。釈尊の姿を明らかにし、難解な仏典を分かりやすい言葉に翻訳し、 比較思想学を打ち立てた人と説明しても、書いている側がチンプンカンプン。 著書・論文数1500点、文化勲章、紫綬褒章などを受賞し、「現代の釈尊」 とあがめる人もいるほどの人物といえば、少しはイメージが描けたのではないでしょうか。
 中村博士の生誕100年に当たる今年、 松江市八束支所内に 「中村元記念館」 が開設されることになりました。 3万冊に及ぶ博士の著書・蔵書、研究資料、遺品の保管、 整理をし、 閲覧、 貸し出しすることで広く有効活用してもらうのが大きな目的ですが、 それだけにとどまりません。博士が設立した私塾 「東方学院」 の松江教室、全国の大学と提携した 「サテライトキャンパス」 の誘致、 世界的な研究者を招いての集中講義の開催、 学会の誘致などなど。 すでに2つの学会誘致が本決まりになっているほか、 多くの計画が具現化に向かっているとのことです。
 博士の人となりを物語るエピソードには事欠きません。 仏教語辞典の作成に取り組み、やっと仕上げた原稿用紙約4万枚分の原稿を出版社のミスで紛失します。 しかし、出版社の批判は一切せず、 再び作成に取り掛かり8年後に刊行にこぎつけます。 そのときの一言が 「おかげでより良いものができた」。 松江出身者ならば面識がなくても 「懐かしい」 と気さくに会い、こぼれんばかりの笑顔で対応されたといいます。 博士にとって松江は心に深く根ざした、特別の地であったのでしょう。
 その博士のバックボーンを貫いていたのは、他者を思いやる 「慈悲」 の心でした。 記念館は、その意味で日本人はもちろん、 世界の人々にとっての 「心のよりどころ」 的存在と言っても差し支えないでしょう。 学究、 学校・社会教育、インドとの経済交流、 国際交流…。国際文化観光都市松江は、小泉八雲に続いて中村元という大きな宝を手に入れました。 無限の可能性を秘めた記念館のオープンは10月10日。 中村博士の命日にあたります。

(瑛)
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