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市報松江 2012.8
いいとこみつけた「宍道町 佐々布山」   タウンレポーター 廣瀬 研也 (塩見惣ヱ門)さん 天神町 松江市の西の端、 見下ろせば出雲空港が見え、 隣の出雲市まであと一歩。 そんな位置に宍道町の佐々布山はありまする。 今は宍道ふるさと森林公園があり、 これからの季節はキャンプやバーベキューを楽しむ家族連れでにぎわう山にござりまする。 高みの展望台に登れば、 西から東へ流れる斐伊川と、 その斐伊川が流れ込む宍道湖の雄大な姿が楽しめまする。 小雨がしとつく中でござりましたが、 雨に煙る宍道湖もまたそれは雰囲気のあるものでござりました。
 しかし、 今からざっと七百年の昔。 同じ風景を、 愛を貫くために死を決意して眺めたであろう人物がいたことを、 皆さまはご存知でござりましょうか。 その者の名は塩冶判官高貞。 悲運と純愛の武将でござりまする。
 塩冶判官高貞は、 鎌倉幕府時代の出雲・隠岐の守護職として、 現在の出雲市上塩冶町に本拠地を持つ武将でござりました。 後醍醐天皇が隠岐を脱出した後、 付き従って京都に上り、 一躍天下を動かす武将となりまする。 そのころに出会ったのが、 妻となる三位の局でござりました。
 世は動乱の時代、 多くの武将が歴史の表舞台に浮かび上がっては消えていきまする。 しかし、 その中にあっても高貞は、 最愛の妻三位の局と領国出雲・隠岐を大過なく守り続けたのでござりました。 そんな高貞に 「田舎大名」 「成り上がり者」 「変節漢」 と冷たい視線が浴びせられるのも、 これもいつの世でもありうることでござりまする。 それが高じて足利尊氏に疎んじられ、 ついには謀反の疑いを受けてしまいまする。
  「都におっては命も危ない」 と高貞は、 鷹狩に行くと見せかけて都を脱出。 妻、 三位の局も夜陰に乗じて都を離れ、 最愛の夫の生国、 未だ見果てぬ出雲国を目指します。 しかし、 播磨 (現在の姫路付近) で三位の局は追っ手に追いつかれ命を散らしまする。
 それを知らず、 愛する妻を迎えようと塩冶の郷を目指す高貞でござりましたが、 宍道の郷まで来た時に、 妻の死の報せを受けまする。 美人の湯にも連れて行きたかったことでしょう。 杵築のお社にお参りもさせたかったことでしょう。 何より宍道湖に船を浮かべ、 仲睦まじい時を過ごしたいと思ったことでござりましょう。 自分の生国の美しさを一目でよいから見てほしかったことでござりましょう。 その妻がすでに亡き人となったとの報せを受けた高貞の眼に、 山の頂からの宍道湖の眺めはどのように映っていたのでござりましょうか。 最愛の妻の後を追うように高貞も佐々布山で死を決するのでござりまする。
 悲運と純愛に彩られた、 高貞とその妻三位の局の思い。 佐々布山から眺める宍道湖には、 昔と変わらぬ縁雫えにしずくがその思いを慰めるかのように降り続いておりました。