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市報松江 2012.9
幸せであれ 平和であれ

一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ。
一切の生きとし生けるものは 幸せであれ。
何びとも 他人を欺いてはならない。
たといどこにあっても 他人を軽んじてはならない。
互いに他人に苦痛を与えることを 望んではならない。
この慈しみの心づかいを しっかりとたもて。
寄稿
NPO法人中村元記念館東洋思想文化研究所
理事 上野 敬子さん 松江市在住

「慈(いつく)しみ」と名づけられた、このお経は、『スッタニパータ』という、最も古いといわれる仏教聖典の中にあります。
この仏典は、松江市出身で、インド哲学・仏教学の世界的権威と言われる中村元はじめ博士(1912−1999年)が翻訳しました。
そして、この言葉は中村博士のお墓の石碑にも刻まれています。
東洋思想の巨匠が、研究を通して願っていたことは、生きとし生けるものの幸せと世界平和でした。
中村博士は、特に仏教やインド哲学の研究で有名ですが、その研究は決して一部の専門家や仏教信奉者たちだけのためのものではありませんでした。
博士は常に、思想は万人に納得されるものでなければ、その普遍的意義を得ることはできない、という態度で研究に臨みました。
私たちは皆、同じように悩み、苦しみ、また高い理想や希望を持って生きていることに、中村博士は目を向けました。そして、人間の「生きる」ことの問題に解決を与え得るような思想研究を目指しました。
そうして中村博士は、東京大学定年退官と同時に、東方学院を設立しました。それは、学歴・年齢・職業・国籍・性別などを問わない、真に学を究め、道を求めたい人々のための学院で、「学院の理想に賛同する学者とそのもとで学ぼうとする学徒とによって構成される共同体としてのグループ連合」です。
この東方学院が来年四月、松江市にも開設されます。
中村博士が松江に住んだのは、生まれてからたった一年でした。にもかかわらず博士は、「静かな中に奥行きのある気品」「細やかで親切」な人情にあふれる松江を、一生愛し続けました。
記念館のオープン、東方学院の開設。中村博士の功績とそのこころざしは、博士の愛した松江に根を張り、今後ますます輝いていくことでしょう。
略歴
1912(大正元)年11月28日松江市殿町に生まれる
1933(昭和8)年東京帝国大学文学部印度哲学梵文学科入学
1943(昭和18)年東京帝国大学助教授に就任文学博士の学位を受ける
1954(昭和29)年東京大学教授に就任
1957(昭和32)年日本学士院賞恩賜賞受賞(『初期ヴェーダーンタ哲学史』)
1970(昭和45)年財団法人東方研究会創立、理事長就任
1973(昭和48)年東京大学定年退官、同大学名誉教授、東方学院設立・学院長就任、デリー大学名誉文学博士、ベトナム・バンハン大学名誉文学博士
1977(昭和52)年文化勲章受賞
1984(昭和59)年勲一等瑞宝章受賞、日本学士院会員就任
1989(平成元)年松江市名誉市民
1999(平成11)年10月10日逝去

中村元博士(1912-1999)
インド哲学、仏教学、比較思想の分野で斬新・独創的な研究を行い、邦文・欧文あわせて1,000点を超える力作を公刊。東京の多摩墓地、菩提寺の真光寺(奥谷町)に眠る。
表紙・特集ページ写真:中村家提供
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