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松江祭鼕行列・松江市鼕行列保存会


 松江祭鼕行列とは
 伝統行事松江祭鼕行列は、毎年11月3日(文化の日)に「松江神社」〔祭神・徳川家康・堀尾吉晴・松平直政(家康の孫)・松平治郷(不昧)〕の例大祭、松江開府を祝う祭りです。

 鼕行列とは
 「鼕行列」は、鉄の車輪のついた屋根付き山車屋台に四尺(1.2m)〜六尺(1.8m)の鼕(どう)と呼ばれている太鼓を、2台3台据えて笛・チャンガラの囃しに合わせて打ち鳴らし、子供達数十人が綱を引き十数台で行列をする祭りです。

 松江市鼕行列保存会とは
 松江市鼕行列保存会は「 鼕 」を保有している市内30町内と2団体で構成している組織で、毎年11月3日に「松江祭」松江開府を祝う祭りに交代で、鼕屋台を出してお祝いをしている会です。
 松江市鼕行列保存会が結成されたのは、昭和34年松江市制70周年を祝って市内の鼕が盛大に練りあるいたのをきっかけに、翌年35年に「松江市鼕宮保存会」として結成され現在に至っています。

 鼕行列の歴史
 松江の鼕行列の歴史は、平安時代京都で行われていた「左義長」(さぎちょう)という正月行事がもともとで、それが地方地方に伝わり出雲(松江)地方に正月の歳神行事「とんど行事」として行われていました。
 慶長12年(1607年)堀尾吉晴公により松江は開府されてから、城下の町方で正月、歳神様を祭る「とんど行事」に合わせて「どう」と呼ぶ太鼓を打ち鳴らし笛・チャンガラで囃したてていたようです。
 松平初代直政公が入府してからは、正月十四日・十五日に、武家の馬備えの行事に合わせて、盛大に行われていた。江戸中期享保9年(1724年)松平五代藩主の宣維(のぶずみ)公に、京都の伏見宮から岩姫が降家されたおり、町民が「どう」を打ち鳴らして、祝ったと言われています。
 松平七代藩主不昧公時代につくられた、歳徳神の宮(神輿・みこし)が、伝わり保存され正月のとんど行事に合わせて、町方では歳徳神の宮をまつる、組み立て式宮宿が建てられ、祝謡「若松」を謡い宮練り、鼕・笛・チャンガラで囃し立て、盛大に祭りが行われていた。
 明治時代になり、2月11日の紀元節・11月3日の天長節と、慶祝の日に合わせて宮・鼕を出して祝っていた。
 大正4年(1915年)大正天皇の御大典のおり、各町が鼕の大きさを競い合って造り、また鉄の車輪をつけた屋根付き屋台を造り、数十町内が行列をして祭りをしたのが、今日の行列の始まりです。
 昭和となり11月3日に松江の開府を祝う「松江祭」として行われるようになり昭和35年から現在の松江祭鼕行列です、松江の町々には、数多くの歳徳神の宮、大宮・中宮・小宮(亥の子宮・いのこみや)が、伝わり保存されています。

 鼕行列の歴史については、松江市鼕行列保存会発刊「松江の鼕」(1000円)に載っています。保存会事務局・松江市観光開発公社 0852−25−0327 へお問い合わせください。
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