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市報松江 2005.8
みんなの文化財
金山かなやま坂口さかぐち要害山城ようがいさんじょう
宍 道 町

上空から望む金山(坂口)要害山城
上空から望む金山かなやま坂口さかぐち要害山城ようがいさんじょう
 金山(坂口)要害山城は、中世・戦国時代に尼子氏の御一族衆として勢力を誇り、やがては数奇な運命をたどった宍道氏惣領家の居城です。
 この城は約400年前に廃城になったにも関わらず、地元で四十八成と呼ぶ平坦地(専門用語ではくるわ)が残り、多くの平坦地に「つめなり」、「天狗成てんぐなり」、「御居出成おいでなり」などという名称が語り継がれています。長い距離を山伝いに水路を掘り、城まで水を引いた「水の手」も伝承どおり残っていました。
 昭和63年に「金山要害山を語る会」という研究会が発足し、これを契機に様々な学習会や登山道整備活動も始まりました。宍道町史編纂事業などを通して地道な調査研究も進み、今では城の縄張り図もでき、城主であった宍道氏のことも分かってきました。
 金山(坂口)要害山城は、単に大きくて立派な山城というだけではなく、学習の機会や散策等を通して、今でも地元の方々、歴史・自然愛好家を魅了してやまない文化財です。