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市報松江 2006.01
みんなの文化財
こう ちょう にょ らい ぞう
宍 道 町

弘長寺阿弥陀如来座像
弘長寺阿弥陀如来座像
 平成16年9月9日、弘長寺(宍道町東来待:森田裕光住職)の阿弥陀如来座像が修理のために運搬される際、仏像のひざ裏にびっしりと書かれた文字が見つかりました。やがて仏像は解体修理され、胎内からはさらにおびただしい中世の墨書銘ぼくしょめい経筒きょうづつが発見されたのです。
 仏像胎内の銘文には、「天文てんぶん三年甲午きのえうま九月吉日 奉造立阿弥陀如来像一体 作者阿闍梨あじゃり大僧都 当所観音寺住 八幡蓮光寺兼対」という記述があり、仏像が天文三(1534)年、来待地区の観音寺の僧である秀英が作ったものとわかりました。仏像建立に関わった多くの人名もあり、中には「○○ 同女」など、女性の名も記されています。「小松衆」「中垣」など、現在も続く集落名も確認されました。
胎内銘と経筒
胎内銘と経筒
 胎内に納められた経筒は、銅版に金メッキをしたもので、中には法華経八巻が納められていました。経筒の表面には、「雲しゅう来海住本願 道順 梵字奉納大乗妙典六十六部聖 小聖徳蔵 三十番神 享禄きょうろく二天四月八日」とあり、享禄二(1529)年、雲州来海きまち住の道順が本願であり、徳蔵に依頼して全国(66カ国)に法華経を納めたこともわかりました。
 修理を終えた仏像は、地域の歴史を伝える貴重な文化財(松江市指定文化財)として弘長寺阿弥陀堂に安置され、現在も中世の歴史、仏像、経筒、古文書等の専門家による総合調査が進んでいます。

宍道分室 TEL55−5810
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