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市報松江 2009.8

最初の市庁舎が完成
殿町(現在の県庁東庁舎付近)にあった松江市役所庁舎は明治26年5月に完成しました。木造2階建てで、工費は2,973円でした。 松江市制施行120周年
 松江市は明治22年に全国39市とともに市制を施行し、今年120周年という記念すべき節目の年を迎えました。
 ここで明治の時代から今日までの松江市の歩みを振り返りたいと思います。
 市制町村制が施行された明治22年当時、現在の松江市の行政区域にあたる地域は、松江市、島根郡、秋鹿郡、意宇郡でした。さらに詳細にみると、旧松江市に相当する部分は1市17村、旧鹿島町は4村、旧島根町は3村、旧美保関町は4村、旧八雲村は2村、旧玉湯町は2村、旧宍道町は2村、旧八束町は2村の合計1市36村の自治体が存在していました。
 その後、「昭和の大合併」を迎え、昭和35年には1市6町1村となり、続く「平成の大合併」で現在の松江市が誕生しました。
 ここで松江市の120年の歩みを振り返り活躍した郷土の偉人の名前を挙げると、若槻礼次郎(総理大臣)、岸清一(スポーツの父)、安部榮四郎(出雲和紙作り)、木幡久右衛門(図書館建設)、増田渉(日中友好)など、たくさんの人たちを挙げることができますが、ここでは国際文化観光都市との関わりがある明治の文豪ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)を紹介します。
 ラフカディオ・ハーンは、明治23年に松江の尋常中学校と師範学校の英語教師として来松して1年2ヵ月余りを松江市で暮らしました。短い滞在期間でしたが、その間、旧藩士の娘小泉セツと結婚しました。
松江市制施行120周年
 妻から聞いた日本各地に伝わる昔話などに独自の解釈を加えて17編の文学作品としてまとめ「怪談」として発表しました。「耳なし芳一」「雪女」などが有名です。
 このラフカディオ・ハーンの文筆活動がきっかけで、松江市が世界的に著名になったことから、昭和26年3月に松江国際文化観光都市建設法が公布され、京都、奈良に次いで全国で3番目の国際文化観光都市となりました。
 この法律によって、豊かな自然環境や貴重な歴史・文化遺産を受け継いで発展していく松江市の基本姿勢が示されました。
 そして、市町村合併が終わった翌年の平成18年に、新松江市の市民一人ひとりの行動規範、まちづくりの指針とするために市民憲章を制定しました。
 市制が施行されて120年の節目の年を迎え、改めて市民憲章を紹介します。

ハーン来松
小泉八雲とセツ夫人。中央は長男一雄氏。
明治28年ごろの撮影。
[小泉家所蔵写真]

市民憲章
 私たちは松江市民です。雄大な日本海、美しい中海と宍道湖、八雲立つ山々にいだかれた松江がだいすきです。
 私たちはこのかけがえのない自然を守り、先人のつちかった歴史を誇りとし、住む人に希望と勇気を与えるまちにします。
 私たちは訪れる人にもてなしの心で接し、新しい松江のまちを築くため、手をとりあって進みます。
一、青い海と湖、緑あふれる美しい自然のめぐみを大切に、きれいなまちにします。
一、人の立場を重んじ、すこやかで心にゆとりのある、明るく住みよいまちにします。
一、礼をつくし勉学にいそしみ、未来にはばたく、希望にみちたまちにします。
一、はるかな歴史のいとなみと、つちかわれた文化をうけつぎ、心ゆたかなまちにします。
一、働くことによろこびと誇りをもち、活気がみなぎる、いきいきとしたまちにします。
【お知らせ】
市制施行120周年記念式典を開催します。
◆11月18日(水)午後1時から
◆島根県民会館大ホール
総務課 TEL55‐5112
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